Missionphase -1



 「まさかこんなところに潜んでたなんて・・・思いもしなかったなァ」

 可憐な少女の声が、緑深く閉ざされた樹海の奥地に流れていく。
 その地は奥羽山脈を形成する連峰のひとつ、一番近い人里からでも、自家用車で1時間以上はかかる場所にあった。とはいえそれは、直線距離で考えた場合の話。実際には車どころか人さえ容易に通れはしない。道なき道を切り開き、視界を埋め尽くした緑を分け入って、彼女たちはここに辿り着いていた。
 熊、大蛇、スズメバチ・・・草葉の陰で何が息を潜めていたとしてもおかしくはない自然の秘境。
 人間が立ち入るのを拒んでいるはずの未開の土地を、登山用具のひとつも持たずに踏破したことも驚きならば、辿り着くまでの時間も尋常ではなかった。空でも飛ぶかのごとく、速さ。事実彼女たちは、この地に住むどんな獣よりも速く、緑の樹海を駆け抜けていた。
 
 普通では、ない。
 少し考えればすぐにわかる。明らかに、この地に集まった6名の者たちは、並の人間と呼ぶには差し障りがある。全員が女性、しかもうち2名は未成年と思しき顔立ち。ケガひとつなく本物の自然を走破した事実以上に、6名の乙女らを包んだ神秘的とも言える衣装は、彼女たちが一般世界と隔絶した存在であることを仄めかしている。
 
 ルビーとエメラルド。鮮やかな紅玉の赤と深い翠玉の緑。
 少女と呼ぶべき瑞々しい乙女ふたりを着飾るのは、まるでRPGの世界から飛び出したような、華やかなコスチュームであった。
 レオタードにも似たボディスーツに、プリーツの入ったフレアミニ。桃のごとき白さと水を弾かんばかりにピチピチと詰まったふたりの太腿は、男子ならば生唾を飲まずにいられぬほど艶かしい。なんの素材でできているのか判別し難いショルダーのプロテクターからは、中世の騎士が纏うような長いケープが膝裏近くまで流れている。一見賢者風にも映る少女たちを、より戦士然として見せているロングブーツとグローブ。全てが同色で統一された可憐な姿は、美しき少女たちを火と癒しの妖精かと見惑わせる。
 世間一般ではまずお目にかかれないファッションだというのに、奇抜として映らないのはそれが本物であるがためであろうか。
 さらに特筆すべきは、3つの箇所で輝く宝珠。
 額のサークレット、胸のプロテクター、腰のベルトバックル。コア・クリスタルと通称される水晶体には彼女たちのエネルギーの源である聖霊力が封じられているとの噂であった。コスチュームと同じ色の輝きを放つ玉石は、乙女らを天から贈られた戦士のごとく飾っている。耳に煌く同色のピアスも含めて、聖なる力を宿したアクセサリーは少女たちを神秘的にすら魅せていた。
 まさに、聖霊騎士ね。
 初めてその姿を見た者は、その異名と噂に違わぬ麗しき佇まいに感嘆にも似た想いを抱くものであった。むろんそれは、この場に同行する4名も例外ではない。
 
「かの『フェアリッシュ・ナイツ』が力を貸してくれるのだから・・・きっと今回のミッションは成功するでしょうね」

 残る4人、ひと回りほど年長と見られる女性たちのリーダーが、眩しさに細めるような瞳で真紅の少女を見ながら言う。
 彼女たちの姿もまた、森林に囲まれた地には似合わぬものであった。白と黒の巫女装束。初詣でなどでは見知った衣装も、その色の組み合わせで見るとやけに秘匿めいたものに映る。よく言えば神秘的。悪く言えば、不気味。藁人形を打ち付けるという丑の刻参り、あの手の呪術によくフィットするであろう姿。聖霊騎士のふたりと同様、俗世とは隔絶した存在であることは、じっとり湿った結露のごとき雰囲気からも感じ取れる。
 しかもうち3人は目の部分だけがくり抜かれた仮面をつけていた。
 青、黄、紫、それぞれ色は違っていてもまったく同じデザインの仮面。目以外はなにもわからぬことが、不気味さを増長させているようだった。リーダーの女性のみが素顔であるのは、彼女がこの組織内において上級の術者と認められているからこそだ。
 
「なにしろ、アザミさんたち『闇巫女(アンダー・メイデン)』が長い間探っていたミッションですからね!」

 アザミと呼んだ巫女のリーダーに、火の妖精にも重なるショートヘアの少女は、ニッと笑って強く言った。
 
「・・・先程も説明したように、今回の妖魔は一筋縄ではいかない相手よ。あなたたちの力は信頼しているけど、くれぐれも油断はしないで」

「わかってます! このナイトレフィアと、ナイトレミーラの力・・・少しでも役に立たせてください!」

「確認するまでもないけど・・・失敗すればまず間違いなく死から避けられないミッションよ」

「はい! 大丈夫です、あたしたちこう見えても、危ない橋はいっぱい渡ってますから! 『フェアリッシュ・ナイツ』として覚悟はとっくにできてますもん!」

 長い黒髪を後ろでひとつに纏めたアザミは、思わず己の唇が綻んでいることに気付く。
 打てば響くような真紅の聖霊騎士ナイトレフィアの応答は、爽やかですらある心地よさだった。アザミが口にした「死」という単語は決して比喩でも大袈裟でもない。真っ直ぐな瞳で見詰めるレフィアにしても、それは十分理解しているはずだ。それなのに、この正体は女子高生であるはずの少女は、目を背けもしなければ、極度に恐れることもない。
 
 改めて『闇巫女』のリーダーは、「炎」の聖霊力を持つという真紅の戦士、ナイトレフィアを見詰める。
 愛らしい、美少女であった。
 凛とした瞳にもウェーブのやや掛かったショートヘアにも炎を思わす強い赤みがかかっている。170 cmに近い、長身。手脚はスラリと長く伸びているが、豊満なバストや張り出したヒップ、鍛えられた太腿は健康的な色香を発散しており、十分に肉感的だ。そのグラマラスな肢体は成熟した女性にも劣っておらず、どこか幼さの残る容貌とのギャップが、少女をより魅力的な果実に映し出している。
 数百人にも及ぶ『フェアリッシュ・ナイツ』のなかで中枢を担うメンバーのひとりが、よもやこれほどの若き乙女であったとは意外ではあった。
 だが世界的に広がっている対妖魔ネットワーク『ガイア・シールズ』内において、彼女たち『フェアリッシュ・ナイツ』略称『FK』が、その実力を認知されているのはアザミ自身よく知るところであった。同じくガイア・シールズに籍を置く組織のなかでも、『闇巫女』はそのルーツからしても『FK』とはごく近しい関係にある。わずか17歳の少女が一分隊のリーダーを務めていようと、アザミが持つ『FK』への信頼は揺るぎはしなかった。むしろ、その年齢で重要ミッションを任されるまでになっているレフィア及びレミーラの実力に、畏敬にも似た感情を禁じえない程であった。
 
 ヨーロッパにおいても、合衆国においても、アジア各地においても、ここ日本においても・・・異世界から迷い込んできた妖魔を闇のうちに葬る対魔組織は、脈々と現代にまで受け継がれてきた。
 インターネットで世界が瞬時に繋がる現代情報化社会において、各地に散らばる対魔組織がひとつにまとまる流れに向かったのは、必然であったといえよう。
 その世界的組織こそがガイア・シールズ。そして傘下に納まった組織はそれぞれのチームコードを与えられ、情報を共有しながら本来の使命に就いている。『フェアリッシュ・ナイツ』も『アンダー・メイデン』もチームコードの響きこそグローバル化した世界に対応したものとなっているが、元々は日本古来より受け継がれてきた伝統ある対魔組織だ。『闇巫女』にせよ、『フェアリッシュ・ナイツ』の母体となった『初音降魔衆(はつねこうましゅう)』にせよ、表世界に出ることはもちろんないものの、裏歴史に刻まれた功績はどちらもそれなりのものがある。
 特にこの両チームは、神道系より派生した組織であること、現代においてもほぼ日本国内に活動の範囲を限定していること、で特徴が一致している。
 万一、情報が妖魔に洩れることを恐れて、同じガイア・シールズ内であっても必然的にチーム同士の交流は限定されるものだが、似た背景を持つふたつの組織は以前から協力体制を敷くことがたびたびあった。今回のタッグも『闇巫女』からの依頼を『FK』が承諾する形で実現したのだ。
 
「アザミさん、良かったらもう一度今回のミッションを説明していただけませんか?」

 翠玉の聖衣を纏ったプラチナブランドの少女が、落ち着いた口調で問いかける。
 大地の聖霊騎士ナイトレミーラ。
 普段は切り揃えたストレートの黒髪を肩上まで伸ばした、日本人形のような淑やかな美少女は、変身による効果でなにか輝いているようにさえ映った。単に髪がプラチナだから、ではない。存在そのものから発散される神々しさは、彼女本来が持つ優しさと落ち着いた物腰から由来されているようであった。レフィア同様17歳の女子高生であるはずなのに、時に甘えてみたくなるような寛容さがレミーラにはある。母なる大地を聖霊力とするだけの素養が、この控えめな少女からは感じられた。
 コスチューム、ケープ、グローブ、ブーツ・・・3つの箇所に宝珠が埋まっていることまで、レフィアとは変わらない戦衣であった。色が緑と紅で異なることを除けば、他に違いはレミーラの方がぐっとスレンダーな体型であることくらいか。凛とした活動的なレフィアの可憐さに対し、こちらもまた紛れもなく美少女であるレミーラの容貌はどこか癒されるような愛くるしさがある。レフィアが動の美少女なら、レミーラは静の美少女。このふたりのコンビが優秀な戦績を残すトップチームであることが、アザミにはすんなりと納得できた。
 
「そうね。このミッションには連携と信頼が重要になってくる。互いの気持ちをひとつに纏めるためにも、再確認した方がいいわね」

 切れ上がった瞳と細面の白い肌が、能面を連想させるアザミは、幾分言葉に尖りを含ませて言った。
 
「数週間前、このミッションに挑んだ8名の『闇巫女』メンバーは・・・私を除く全員が命を落としたのだから」

 ゴクリと生唾を飲み込みながら、ナイトレフィアは『フェアリッシュ・ナイツ』のチームコマンダーに呼び出された、2日前の出来事を思い出していた。

 


 
 歴史と威厳を漂わせた、瀟洒な豪邸。
 値段という価値判断のみでは計りえない気品を滲ませたインテリアに、程よく溶け込んだその館の主人は、乙女という呼び名がこれほど似合う者はいないと思われる美女であった。
 腰近くまで流れる黒髪と聡明さを宿した切れ長の瞳。
 彫りの深い顔立ちには西洋の風すら感じられるが、静寂のなかに凛とした芯を通した佇まいは和が誇る雅を具現化したかのようであった。誇張された豊満さはないものの、女性本来が持つフォルムの美しさを最大限に現したスレンダーな体躯。きめ細かい雪肌と潤った薄めの唇が、少女とは一線を画した艶を仄めかす。
 外見による美しさだけではない。備わった品格の優雅さと信念に支えられた強い意志、そして深い慈愛の心が、周囲を惹きつけてやまない美乙女を完成させているようであった。
 『FK』の基盤となった歴史ある退魔組織『初音降魔衆』を束ねる「惣領」ナイトレヴィーナでもある初音鈴奈は、火焔と大地の聖霊騎士にひとりの人物を紹介していた。
 
「『闇巫女』で小隊長に任じられているアザミさんよ。あなたたちふたりの力を貸して欲しいと仰ってるわ」

 尊敬する美しき惣領に引き合わされる形で、ナイトレフィアこと火乃宮玲子とナイトレミーラこと各務澪巳は黒白の巫女との初対面を果たした。
 22歳の鈴奈より若干年上かと思われる黒髪の女性が、ゆっくりと頭を下げて礼をする。「アザミ」が『闇巫女』内におけるコードネームであることは玲子も澪巳も理解している。活動をほぼ日本に限定しているとはいえ、世界にも名を知られている『フェアリッシュ・ナイツ』のコードネームはレフィアやレミーラなど西洋人にも馴染みやすいものとなっているが、頑なに日本以外の活動を拒否し続けている『闇巫女』のコードネームは日本語の韻そのままだ。またアザミが仮面を被らず素顔を晒していることからして、彼女の実力が相応のものであることは、若いふたりにもすぐに察知できた。
 だが、初めてアザミと会った玲子と澪巳の脳裏を占めるものは、まったく別の想いであった。
 車椅子に乗った細身の黒白巫女の全身は、血の滲んだ包帯で素肌のほとんどを巻きつけられていた。
 6個もの点滴から伸びた管が、その身に注入されている。なかには赤や黒、紫といった、点滴とは到底思えぬ液体が入っているものもあった。よく見れば包帯のところどころには、梵字と思しき文字の列が無数に書きなぐられている。
 『闇巫女』の秘術のなかには回復力を数十倍にも高める呪法があると聞く。並の切り傷や骨折程度では、このような有様になるとは考えられなかった。相当の重傷。瀕死の目にこのアザミという女性は遭っている。恐らくは全身の皮膚を引き剥がされるほどの。
 
「ある妖魔を処理するため、私たち『闇巫女』は征伐チームを組んで派遣したわ。けれど結果は惨憺たるものだった。なんとか、私ひとりだけが命からがら逃げ出せたのみで・・・他のメンバーは、全滅した」

 淡々と語るアザミに、言葉の見つからない玲子に代わって日本人形のような少女が尋ねる。
 
「敵は、どんな『イレギュラー』なんですか?」

「三百年ほど前から存在が確認され、ずっと『闇巫女』が追い続けてきた妖魔よ・・・私たちは『ブリード』と呼んでいるわ」

 ガイア・シールズ内において妖魔・怪物の類は『イレギュラー』の名称で統一されている。イレギュラーを掃討することが、ガイア・シールズに籍を置くチームの共通した目的ということだ。
 『闇巫女』は日本国内に存在が確認された妖魔を徹底的に調査し、領内における魔物を殲滅するのが唯一最大の目的である呪術集団だ。特に人畜に被害をもたらす可能性が高い対象は、優先的に、集中的に排除を行なってきた。
 
「この十数年、ブリードによる人間界への侵食は、急激に加速してきたわ。ヤツはあらゆる生物に己の種子を植え付け、同種族の妖魔と化して配下に収めてしまう能力を持っている。それがブリード=繁殖の名を持つ所以でもあるけれど・・・事態を重くみた私たちは、調査を重ねてようやくブリードの所在を突き止めたの」

「ソゥイングとは、違うんですか?」

 澪巳の口から出たソゥイングとは、比較的確認数の多い半植物型妖魔の名称である。
 『種蒔き』とも呼ばれるこのイレギュラーは、己の細胞片を他生物に寄生させ、人格を奪う代わりに同種族としての醜い姿を授ける、増殖型の怪物であった。日本に限らず世界中で亜種も含めて目撃されているが、一般人はともかくガイア・シールズに名を連ねる異能者たちからすれば、脅威を感じるほどの力はない。
 
「植物型の妖魔、そして増殖するという意味では同じだけど、種子を植えつけられた者は、ブリードの意志に従ってしまう。いくら増えても所詮個々の集まりであるソゥイングとは決定的に違う部分ね」

「つまり、ブリードを中心とした妖魔軍団が形成されてしまう危険がある、ということよ。それが人類にとっていかに脅威であるか・・・わかるわよね?」

 諭すような鈴奈の言葉に、女子高生ふたりがコクリと頷く。
 
「そして、なにより決定的な違い・・・ブリードは、強いわ」

 痛々しい姿となったアザミの台詞には、確かな説得力が秘められていた。
 
「ブリードの正体は樹齢二千年を越える神木が妖魔化したものだと予想されている。その能力は決して侮ることはできないわ。もしかしたら私たちは、神を相手にしようとしているのかもしれない・・・」

「でも、そのブリードのせいで何人ものひとが犠牲になっちゃってるんですよね?」

 初めて口を開いた火乃宮玲子の凛と切れ上がった瞳には、明らかな怒りが炎の渦を巻いていた。
 アザミは言葉を濁したが、ブリードが「人間界への侵食をする」ということは、罪のない多くの人々が妖魔の餌食となって命を枯らしたことに相違ない。そしてそのなかには、同じガイア・シールズの仲間たちの尊い犠牲も含まれているのだ。たとえ敵が本物の神であったとしても、玲子はこの相手を許せそうになかった。
 パートナーの盛る炎を鎮めるように、そっと澪巳がショートヘアの肩に手を添える。
 本当にいいコンビのようね。『フェアリッシュ・ナイツ』のなかでも将来を嘱望されている若いふたりが、噂通りの好チームであることを確信し、アザミはこの場に来た己の選択が間違っていなかったことを悟る。
 
「奥羽山脈の一区域で、ここ10年に行方不明になった人の数、487名。そのほとんどがブリード及びその配下による襲撃の犠牲と考えられている」

「・・・許せない」

「私と玲子さんがわざわざ指名されたのは、なにか理由があるんですね?」

 切り揃えたストレートの黒髪が抜群に似合う淑やかな少女は、落ち着いたなかにも芯の強さを感じさせる口調で訊いた。
 いいところを訊いてくる・・・この若さにして確かな着眼点を持った澪巳に、思わずアザミは感嘆の声をあげそうになった。
 直情径行気味に、真っ直ぐに感情を露わにしてくる火の聖霊騎士・玲子と、深謀遠慮タイプで、物事を俯瞰的に捉えようとする地の聖霊騎士・澪巳。いわば前線でバリバリに働く戦士と、背後から助ける後方支援役といった趣であろうか。ここでもいいコンビネーションを見せる他組織のホープふたりに、アザミは軽い嫉妬にも似た感情をふっと覚えてしまう。我が『闇巫女』にもこんなふたりがいれば・・・だが現時点で、妖魔ブリードを斃すのに最適の手段は、『フェアリッシュ・ナイツ』の聖霊騎士2名に協力を依頼すること以外、思いつかない。
 
「ブリードは未開の樹海を分け入った奥地、その地下に異次元の空間を作り出して身を潜めているわ。妖樹ブリードは『地』の力を思うままに操るイレギュラー。倒すには同じ『地』の聖霊力と『地』が苦手とする『火』の聖霊力が必要不可欠となるの。ナイトレフィアとナイトレミーラの力がどうしても必要なのよ」

「アザミさんとは私も以前一緒にミッションに参加したことがあるわ。アザミさんの実力をもってしても倒せなかった妖魔ブリード・・・貴女たちふたりの手で、『闇巫女』の仲間たちの無念を晴らして欲しいの」

 凛と響く『フェアリッシュ・ナイツ』チームコマンダー・初音鈴奈の声に、ふたりの美少女は大きく、そして力強く頷いていた。
 
 
 
「そこの敷地が、ブリードが潜む地下異次元への扉となるわ」

 両腕に包帯を残すのみとなったアザミが指し示した場所は、周囲から切り取られたような空間であった。
 何者かの意志を感じずにはいられない、20m四方の正方形の土地。頭上遥か高くを覆う樹林のさなか、その敷地だけは膝ほどの高さまでしか草木が生えていない。やや遠くから見下ろすことができれば、その一区画だけ違うパズルのピースが嵌め込まれたように色が変わっていることだろう。ハッキリとした境界線が浮かび上がってくるほどに、その一区画は大自然のなかで孤立していた。
 この下に、妖魔ブリードはいる。
 とはいえいくら土を掘り返しても、『闇巫女』たちを葬った妖樹に遭うことはできない。
 あくまでブリードがいるのは別の次元。結界を破って異次元への扉を開けねば、敵アジトへの潜入は成功できないのだ。
 
「3本の注連縄が巻かれた杉の巨木が見えるわね。あの『封印樹』に『地』の聖霊力を注ぎ込むことで地下異次元への扉は開くわ。言わば扉の鍵といったところね」

「作戦ではレミーと・・・アヤメさん、キキョウさん、スミレさんの3人がここに残るってことでしたね」

 火乃宮玲子=ナイトレフィアの声に、青、黄、紫の仮面を被った黒白装束の巫女がコクリと頷き返す。青い仮面のアヤメ、黄色のキキョウ、紫のスミレ。いずれも花を連想させる彼女たちの名前が、コードネームであることは説明するまでもない。仮面をつけてこそいるが、この重要なミッションに選抜されるだけの手練れであることは疑いの余地もない。事実、今回の作戦では、レミーラを含めた4人の頑張りがなければ、とても成功は覚束ないはずであった。
 
「大地の聖霊騎士ナイトレミーラと植物使役系の呪法に長けた『闇巫女』の3人・・・この4人で『地』のエネルギーを送る限り、次元の扉は開き続ける。その間にナイトレフィア、ブリードが最も苦手にする『火』の能力を操るあなたと、この私とで妖樹を斃すわ。地下異次元への突入は少人数の方が動きやすくていい。私たちふたりでなんとしてもイレギュラーを葬るのよ」

「・・・アザミさん、ひとつ訊いてもいいですか?」

「なに、レフィア?」

「もしブリードを倒す前に次元の扉が閉まっちゃったら・・・なかに残されたあたしたちはどうなりますか?」

「誤魔化しても意味がないから、はっきり言うわ。死を覚悟するしかない」

 厳然と言い放つアザミの言葉を、レフィアの真摯な瞳は揺れることなく聞き入れた。
 
「次元の狭間に迷いこみ、二度とこの世界には戻れなくなる。食料はもちろん、水も、色も、音も、温度も・・・孤独以外の全てがない空間のなかで、狂死するか衰弱死するか。確実なのは、遺体すら現世に残すことも叶わず終末を迎えるということよ。実際に、先の征伐隊の半数以上はこの世界に戻れぬまま消滅したわ」

「ってことは、扉が閉まるまでにブリードを倒し、こっちの世界に戻ってこなきゃいけない、ってわけですね」

「そうよ。レミーラたち4人の力を考えれば、扉の維持は2時間が限度でしょう。それがタイムリミット」

 2時間。その限られた時間がブリードを処理するのに十分なのか、足りないのか、レフィアにはわからない。
 ただひとつわかったのは、ただでさえ危険度の高い敵アジトへの突入というミッションに、たったふたりで乗り込まなくてはならない本当の理由であった。確かにガイア・シールズは慢性的な人員不足に悩まされている。世界中に出現するイレギュラーの数に比べ、それを制圧する退魔組織は太古の昔より限られているからだ。ガイア・シールズ各組織が通常ツーマンセル、つまり二人一組で行動するのも、この根本的な問題に拠るところが大きい。そう考えれば、6人もの戦士が駆り出された今回のミッションは、やはり大掛かりな討伐戦と呼べるのかも知れぬ。
 とはいえすでに7人もの殉職者を出している恐るべき妖魔を相手に、実質ただふたりで闘いを挑むのは、感情が先走りがちになることも多いレフィアといえど、腑に落ちない部分ではあった。アザミは先程少人数の方が動きやすいから、とは説明したが、どうにも説得力に欠けるのが正直なところだ。
 だが、わかった。
 突入者がふたりの理由、それは万一の折に犠牲者を少なくするためだ。
 レミーラたち4人が力尽き次元の扉が閉まれば、地下異次元に潜入した者は全滅する。前回の失敗に懲りた『闇巫女』の上層部は、恐らくブリード征伐に多くの人員を割くのに躊躇しているのだろう。強力な妖魔に有効な戦略を講じえず、手を出せないまま長期的なスタンスで構えるのは、どこの対魔組織でもやっていることだ。
 
 レミー、あたしたちってば、ジョーカー引かされたかもしんないよォ。
 
 アザミが火焔と大地の聖霊騎士の実力を認めているのは確かだろうが、仲間の仇討ちであるにも関わらず他組織に協力を求めたのは『闇巫女』内での支援を十分に得られなかったからでもあるだろう。
 仲間を失い、ただひとり生き残った彼女を衝き動かすもの――その力にレフィアとレミーラは巻き込まれてしまったのかもしれない。
 
“でもいいよ・・・うん。アザミさん、あたしはそんな気持ち、なんだかわかる気がする――”

 決意に満ちた瞳で真紅の騎士は、緑聖衣に包まれた信頼するパートナーをチラリと見る。
 全てを見透かしたように、淑やかな美少女は穏やかな微笑みを返してきた。そう、きっとレミーラも理解してくれている。この危険なミッションを、あたしたちは喜んで受け入れてみせる。巫女戦士の必死の想いに応えるために。なにより、あの尊敬する『フェアリッシュ・ナイツ』のリーダー、ナイトレヴィーナが承諾したミッションなのだから。
 
「2時間もあれば十分ですよ! このナイトレフィアが絶対にブリードを排除してみせます!」

「レフィアとアザミさんが戻るまで、私たちも必ず次元の扉を開けておきます。時間は気にすることなく、思い切って闘ってきてください」

「大丈夫だよ、レミー♪ とっととイレギュラー殲滅してすぐに帰ってくるからね。大船に乗ったつもりで任せといてよ」

 ショートヘアの美少女と癒し系の美少女が互いを見詰めてニコリと微笑みあう。
 勇壮にして華麗なコスチュームに身を包んだ聖霊騎士が、ひとりの女子高生に戻ったような瞬間であった。
 
「では、そろそろ行きましょうか。ただ、くれぐれも油断はしないで」

 すっとあげたアザミの右手から、30cmほどもの細長い鋼鉄製の櫛が伸びてくる。
 極太のストローとでもいうべき形状のその武器が、千本と呼ばれるのもであることはレフィアやレミーラも知っている。主に投擲用として使うが、ツボや急所を的確に貫かねば致命傷に至らぬため、操術者の高い技術が必要とされる武器だ。
 いよいよ、始まるのか。
 覚悟を決めたように、ふぅ、と短い吐息を真紅のナイトが紡ぎ出す。
 
「私たちはもう・・・敵領内のど真ん中にいるのだから」

「スカーレット・アイリスッッ!!!」

 裂帛の叫びを迸らせたナイト・レフィアは、まさに業火のごとくスピードで瞬時に背後を振り返っていた。
 
 ゾワワワワワ!!!
 
 視界を埋め尽くす、緑の蔦に覆われた人型妖魔の群れ。
 正面から、右から、左から、頭上から、地面から・・・ブリードの配下と思われる低級イレギュラーが、殺意を剥き出し津波となって真紅の聖霊騎士に殺到する。
 
「ブフオオオオオホホホオオオッッ―――ッッ!!!」

「まったく、もう襲ってこないつもりかな? って思ったじゃない!」

 レフィアの右手で炎が渦巻く。一瞬。空中で突然起こった発火は、すぐに消えていた。いや違う。聖霊力によって召還された炎は、本来あるべき姿へと戻ってレフィアの掌に納まったのだ。
 スカーレット・アイリス――ナイトレフィアオリジナルの、聖なる武具。
 全長150cmにも及ぶ両刃の西洋風ロングソードは、持ち主である火焔の聖霊騎士に呼応するかのごとく、破魔の炎をその刀身に纏っている。
 
 ボボボボボボボンンンンッッッ!!!
 
 炎が、舞う。
 流麗にして豪放。ざっと20は下らぬ緑の妖魔が、一瞬にしてレフィアの操る炎の剣技に切り捨てられていた。
 
 この地に辿り着いたときから、数百はあろうかという邪悪な視線が、隙を探って6名の侵入者に注ぎ込まれていたのは気付いていた。
 ブリード自体は地下異次元に身を潜めているというものの、ここは完全に敵のテリトリー。殲滅チームを返り討ちにせんと、刺客が向けられるのは当然の流れだ。
 恐らくこの低級妖魔たちも、ブリードに『種』を付けられるまでは普通の人間、地元の住人であったのだろう。だがブリードの意のままに動く今は、人間としての肉体はとっくに滅び、ただ妖魔を容れる器として利用されているだけに過ぎない。死者への冒涜。悪魔の戯れ。こうして妖樹ブリードは、人間を死して尚蹂躙しながら、己の配下を続々と増殖し続けているのだ。
 
「あたしは、容赦しないんだから」

 総力をこの地に傾けるつもりなのか。
 樹上から降り落ちる。地中から這い出す。生い茂る緑から割って出る。蜂の巣穴か羊の群れか。視界に入るだけでも、3桁は越える妖魔の群れが、破滅を恐れることなくガイア・シールズの精鋭たちに押し寄せる。ゾンビのごとく、沸騰するように湧き出す妖緑人を前に、真紅のロングソードを構えたナイトレフィアは真っ向から突撃していく。
 
「なッ、ひとりで突っかかろうというの?! ナイトレフィアは?」

「レフィアなら大丈夫です。私たちも続きましょう」

 叫ぶ大地の聖霊騎士の左手に、緑色の光が輝きを放つ。何かがその手に召還されつつあると見えたのは、一瞬の間のことだった。
 
「ハイランディア・スウェプト!!」

 ザン! ザン! ザン! ザン! ザン!
 
 丸い銀光が妖魔の群れをすり抜けるや、不気味な呻きを洩らしていた首が一斉に跳ね飛ぶ。
 カーブを描いて元の場所に戻ってきた戦輪ハイランディア・スウェプトは、世界で唯一の持ち主であるナイトレミーラの左手に納まった。直径1mほどの円は、新体操のフープを彷彿とさせる形状であるが、盾としても投擲用としても使えるレミーラお気に入りの聖武具であった。
 
「どうやらイレギュラーといっても、攻撃力・守備力ともにさほどのものはないようですね。とはいえ」

 左手にハイランディア・スウェプトを持つレミーラが、もうひとつの武器を空いた右手に召還させる。フェンシングのサーベルかと間違うような細身の剣は、レイピアと呼ばれる種類の武具であった。その名をハイランディア・ゲイル。斬るよりも突くを重視した軽量のソードは、華奢なレミーラにも楽々と片手で扱える。

「これは・・・数が多すぎますね」

 独り言のように呟くレミーラの視線の先で、アザミと3人の『闇巫女』たちもまた激戦を繰り広げていた。
 梵字・・・インド、サンスクリット語が起源とされる古来日本にも伝わる文字で書かれた呪符を、仮面をつけた3人の『闇巫女』が次々と緑のイレギュラーに貼り付けていく。あるいは燃え、あるいは溶けて絶命していく妖魔たち。トリオならではの絶妙のコンビネーションで、互いが互いを守る陣形は見事であった。
 しかし、十重二十重に3人を囲んだ緑人の群れは留まることを知らない。
 圧倒的数的不利の前に、『闇巫女』たちが防御に精一杯であるのは傍目から見るレミーラにもよくわかる。
 
「レミーラ、あなたはこれから『封印樹』に聖霊力を注がねばならないわ! ここは力をセーブして防御に徹するのよ」

 アザミの言葉の意味するところは、レミーラもよく理解していた。
 大地の聖霊騎士ナイトレミーラは群がる敵を一斉に葬る技も備えている。だがここで聖霊力を消耗するのは、この後を考えれば避けるべき事態だ。だからこそレミーラは、戦輪ハイランディア・スウェプトや、もうひとつの召還武具であるレイピア型ソード、ハイランディア・ゲイルで闘いを進めてきた。
 しかし、剣や戦輪での闘いはごく局地的に限られてしまう。
 妖樹ブリードがこれほどの大群を集中させたのは、こちらの消耗に狙いがあるのは容易に想像がつく。恐らくわかっているのだ。己が作り上げた地下異次元に潜入するには、『地』系の聖霊力が膨大に必要であることを。それでも、罠であるとは知りつつも、この場で全力を振り絞らねば打開は覚束ないのではないか。
 
「危ない、レミー!」

 背後から首筋に噛み付こうとしていた妖魔を、颯爽と過ぎる真紅の風が薙ぎ飛ばす。
 やや肩で息を切らせたナイトレフィアは、飛び掛ろうとする蔦魔人を威嚇しながら、大地の聖霊騎士と背中合わせに構えた。
 
「あ、ありがとう、レフィア」

「ボーっとするなんてレミーらしくないじゃない! ここはあたしたちに任せて、力を温存すればいいんだよ」

 強気な言葉とは裏腹に、背中越しに伝わる疲労は隠しようのないものだった。
 妖魔ひしめく緑の群れに突入したレフィアが、さんざんに暴れてきたのは確かだった。何百というイレギュラーを葬り去ったのも間違いない。
 それでも殺到したブリードの下僕たちは、数が多すぎる。
 単にこの群れを退治するだけならなんとかなる。しかし、その後のブリード排除には・・・粘つくような焦燥が『フェアリッシュ・ナイツ』にも『闇巫女』にも積み重なっていく。
 どうする? どうすればいい?
 消耗を覚悟で一気に大技で殲滅を図るか?
 あくまで力を温存しつつ、ジリジリと体力を削られていくか?
 
「ここはあたしが・・・プロミネンス・スピアで」

 強大な威力を誇る攻撃技の名を告げたレフィアを、そっとアザミが押し留める。
 
「待って。レフィアは消耗が激しいわ。私がやりましょう」

 手にした千本を近くの緑妖魔に投げつけたアザミが、凄まじい勢いで両手を動かし始める。印だ。レフィアらも知る形から見たことのないものまで、複雑な印が数種類に渡って次々とアザミの手のなかで生み出されていく。
 気がつけば、足元には巨大な魔法陣が浮かび上がっていた。
 日本限定で活動する『闇巫女』ではあるが、各国の対魔組織の技術を取り入れることに対しては、決して消極的ではなかった。その証明がアザミの魔法陣にも現れている。
 五芒星を中心とした魔法陣は、西洋の白魔術を彷彿とさせる代物であった。隙間には梵字の呪文。和洋折衷の結界が6名の戦乙女を中心にして築かれていく。
 
 ドンンッッ!!!
 
 白黒巫女が念を込めるや、五芒星と梵字がコラボした魔法陣は、一気に半径100mを越えるまで巨大化した。
 
「悪鬼浄化」

 アザミが呟くのと同時、白い稲妻が魔法陣全体から天空に向かって立ち昇る。
 耳をつんざく妖魔の絶叫。半径100m以内に踏み入れた妖緑人が、白い電撃によって炎をあげて消滅していく。鈴なりで迫るイレギュラーの群れを、勝負に出た『闇巫女』のリーダーは一斉に滅ぼすつもりだったのだ。
 
「ッッ!!」

 だが、低級とはいえやはりイレギュラーは化け物であった。
 効果範囲を広げようとしたあまり、威力の劣化した魔法陣では、全滅させるまでには至らない。黒焦げとなりながらも、大地より這い上がる妖魔が、一匹、また一匹と、再び戦乙女を包囲する輪を狭めていく。半減したとはいえ、その数ざっと百匹。怨嗟漂わす蔦魔人の軍団が、動揺する聖霊騎士と巫女集団を殺意を込めて追い詰めていく。
 
「ブフオオオ」「ブフウ」「ブホオオッ―ッ」

「くッ・・・あれを食らってまだ生きているなんて・・・」

「今度はあたしがやります、アザミさん! プロミネンス・スピアなら、必ずあいつらをやっつけられるはずですから」

「待ってください。レフィアもアザミさんもこの後でブリードと闘わなくてはいけません。ここは私に任せてくれませんか」

「だからレミーはダメだってばァ! このミッションを成功させるにはあなたの力が必要なんだよ!」

「けれどそれは玲子さんも同じはずです!」

 互いを制しあう火焔と大地の聖霊騎士を尻目に、ジワジワと妖魔がその包囲を縮めていく。
 一点集中しやすいレフィアはまだしも、その戦友に釣られたように普段冷静なレミーラまでが、思わず変身前の名で呼ぶほど意識を真紅の騎士に向けてしまったのは、大いなる隙であった。
 妖魔ならではの嗅覚で、好機を悟った緑の群れが一斉に押し寄せる。
 上下左右、まるで隙間のない包囲網。
 緑色の雪崩を前に、武器を構える聖霊騎士の動きは明らかに遅れていた。
 
「し、しまッ――?!」

 一陣の烈風が吹いたのは、そのときであった。
 紛れもない、風―――。速く、鋭く、力強く・・・唸りをあげた旋風が突如として、殺到する緑の群れと迎撃態勢に入る退魔戦士との狭間を通り過ぎる。
 
 ブシュウウウウウッッ――――ッッ!!!
 
 爽快ですらある切断音が無数にこだました後、細切れとなった百匹の蔦妖魔は鮮血を噴き散らかして大地にバラけていった。
 一撃。
 ただの一撃にして、妖魔の津波は緑色の肉塊と化して大地に還っていったのだ。
 
「誰ッッ?!」

 鋭いレフィアの声が木陰に放たれると同時、獣すら逃げ出したはずの樹林から黒い影が矢となって天空に吐き出される。
 空中で二回、宙を舞った影は鮮やかな身のこなしを見せつけるや、華奢な脚から6名の戦乙女の目の前に羽毛のように着地した。

 


 
 見たこともない少女であった。
 恐らく年齢はレフィアやレミーラとほぼ同じ。短めのポニーテールに癖のある横毛。白さの際立つ小さめの顔には、吊り気味の二重の瞳が勝ち気そうに輝いている。小ぶりの鼻と薄い唇。美人というには戸惑いがあるが、紛れもなく美少女と呼べる年相応の可憐さが内側から滲み出ているようだ。レフィアらより頭ひとつ小さく、肢体も華奢だというのに、腕組みをしたその態度はどこか横柄にすら映る。
 少女自体以上に、彼女が着たコスチュームは見る者に鮮烈を覚えさすものであった。
 鮮やかな黄色のボディスーツに、フレアミニのスカート。グローブとブーツ、さらにケープがあるところまで、『フェアリッシュ・ナイツ』のふたりに似通っている。だが中世の騎士を連想させる聖霊騎士に比べ、現れた少女のコスチュームはもっと軽い装いに映った。聖霊力の源であるコア・クリスタルはもちろんないが、胸の中央には金色の地に赤の枠と紋様で描かれたなにかのマーク。そして同じくゴールドのベルトバックルには透明な宝玉が埋め込まれている。白のニーハイソックスが膝上まで素足を隠しているのとは対照的に、開襟したデザインが特徴的なボディスーツはバストの下から下腹部までを大胆に晒している。半袖であることも加えて、露出が多めの衣装は戦士らしからぬものに思えた。
 ホームベース型の胸のマークが気になり、レフィアは注意深く目を凝らす。
 金色に鮮やかなレッドで描かれたマークはギリシャ文字でいうオメガ、「Ω」の形によく似ていた。
 
「『フェアリッシュ・ナイツ』ってのがどんなもんかと思ってたんだけど・・・あんまりたいしたことないみたいね」

「なんですって?!」

 カチンと来た態度を吊り上がった眉に見せて、レフィアが気色ばんだ声で応える。
 
「この程度の妖魔に苦戦してるようじゃ、ね。あたしの『風』にかかればイッパツだってのに」

「偉そうな台詞いう前に、名前くらい名乗ったらどうなのよ?!」

 今にも飛び掛りそうな火焔の聖霊騎士の前で、ポニーテールの少女はフンと鼻を鳴らしてから言った。
 
「ガイア・シールズの準加盟組織、破妖師(エビルスレイヤー)のひとり、オメガカルラ。コードネームじゃない本当の名は・・・四方堂亜梨沙よ」


——— It continues to next phase